トラともヒョウとも違う、灰色の縞模様を持った巨大な猫。
東アフリカのムングワは、ロバほどの大きさがあると語られた、正体不明のネコ科らしい獣です。
ヌンダという名でも紹介され、その周囲には人を食べる猫の民話と、町を騒がせた襲撃報告が残っています。
ところが原典を読むと、昔話のヌンダと、近代の報告に描かれる姿は、完全には一致しません。
正体は何なのでしょうか。
今回の資料では同定されておらず、大型のゴールデンキャットなどの説も未確認です。
物語と事件を別々にたどると、この巨大猫の謎がより具体的になります。
ムングワとヌンダ――普通の猫が、人食いの怪物になる物語

1870年の民話集に登場する、王の猫
エドワード・スティアの『Swahili Tales』に収められた「Sultan Majnun」には、王の飼い猫が家畜を襲う話があります。
最初は子牛、やがて大きな動物、そして人間へと、猫の被害が膨らんでいくのです。
王は自分の猫だからと、なかなか止めようとしません。
ついには猫が町の外の茂みに移り、通り掛かるものを襲うようになる――身近だった動物が、手に負えない存在へ変わる怖さがあります。
犬でも、キリンでも、サイでもない
物語の後半では、王子が人食いヌンダを探しに出掛けます。
ところが、大きな犬やジャコウネコ、シマウマ、キリン、サイなどを仕留めて戻っても、母親はそれがヌンダではないと告げます。
大きな動物を倒せば終わるわけではない。
探している獣だけが、知っている動物の枠からこぼれ続ける構成になっています。
やがて王子が見つけるヌンダは、小さな耳、幅の広い体、太い尾、ジャコウネコのような二つの斑点を持つと説明されます。
灰色のトラ縞、とだけ描かれた怪物ではありません。
これは民話の中での姿です。
近代の目撃を読む前に、この違いを知っておくと、別の資料の特徴を一匹に寄せ集めずに済みます。
スティア『Swahili Tales』(1870年)「Sultan Majnun」247頁以降、275頁の姿の記述
市場を襲ったのは何か?ヒチェンズが伝えた1922年の事件

見張りの警官が、売り台の下で見つかった
研究者カール・シューカーの2010年の記事は、ウィリアム・ヒチェンズが1927年に記した回想を引用しています。
舞台は現在のタンザニア沿岸、リンディの市場です。
夜間の市場を守る警官が交代に来ると、前の見張りが見当たらず、捜した末に売り台の下でひどく傷ついた遺体が見つかったという内容です。
駆け付けたヒチェンズは、獣の襲撃に見える傷と、被害者の手に握られた灰色の毛について記しました。
シューカーはこの出来事を1922年の事件として紹介しています。
ここでは1927年の文章が、それ以前の出来事を振り返っている点を区別しておきます。
ライオンに似ているのに、ライオンとして片付かない
当初はライオンが疑われたものの、現地ではヌンダの仕業だと説明された、とシューカーは紹介しています。
報告にある灰色の毛と縞模様は、後の正体探しでも重視されました。
ただし、傷を負った人を確認することと、その人を襲った獣を確認することは別です。
事件が語られているからといって、未知の猫まで同定されたわけではありません。
実物写真や、調べ直せる毛はある?
シューカーは2021年の解説で、毛の話はある一方、正式な調査のためには保持されなかったと説明しています。
毛が見つかったという記述を、DNAで未知種が判明したという話へ変えてはいけません。
同じ記事で紹介される絵も、怪物の姿を考えるための美術作品です。
生体を撮った写真や、標本に基づく証拠画像ではありません。
正体は巨大なゴールデンキャット?民話と事件に別の答えもある

毛色の候補が見つかっても、大きさの問題が残る
シューカーが紹介するベルナール・ユーヴェルマンスの案は、アフリカゴールデンキャットの未知の大型型というものです。
灰色などの毛色があることが、姿を比較する手掛かりになります。
しかし、既知のゴールデンキャットを、そのままロバほどの獣として扱うことはできません。
説明に「まだ確認されていない巨大な型」を追加する必要がある点は、この説の限界です。
襲撃事件には、人による偽装という仮説もある
シューカーは、別地域に記録された獣を装う犯罪と比較し、リンディの事件にも人が関わった可能性を提案しました。
ただし、リンディの犯人を特定した捜査結果ではなく、後年の仮説です。
民話の猫、目撃された獣、襲撃事件の原因。
この三つに、必ず同じ答えを当てはめなければならないわけではありません。
結論:ムングワは未特定、ヌンダの民話だけで実在は決まらない
ムングワの正体は、確認した資料では分かっていません。
巨大なゴールデンキャット説にも、人による偽装説にも、対象の事件を決着させる裏付けが不足しています。
それでも、普通の猫が怪物になる昔話と、灰色の毛を残したとされる獣の報告を読み比べると、同じ名前の周囲に、違う種類の不思議が積み重なっていることが分かります。
その重なりをほどいていくことこそ、この巨大猫を追う楽しさです。


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