黒褐色の長い毛に、首の周りの厚いたてがみ。
アンデスの山々に、まだ知られていない大型のイヌ科動物がいるのではないか。
そんな説の出発点になったのは、遠くの影ではなく、実際に手に取れる毛皮でした。
この「アンデスオオカミ」は、ハーゲンベックのオオカミとも呼ばれます。
ただし、毛皮があることと、未知の野生動物だと分かったことは別です。
正体への短い回答は、飼い犬など既知のイヌ科を疑う根拠があり、新種と認めるには材料が足りないというものです。
DNA検査の話もありますが、その内容は「地球上のどの動物とも一致しなかった」という意味ではありません。
アンデスオオカミとは?たてがみのある獣を想像させた毛皮

1927年、山ではなく毛皮商の店から始まった
アンドレ・クラマーによる文献整理では、動物収集家ローレンツ・ハーゲンベックは1927年、ブエノスアイレスで奇妙な毛皮を購入しました。
売り手はアンデス由来だと説明していたとされます。
発見者自身が、山中で生きた獣を追い詰めた話ではないところが重要です。
動物を見た場所と、毛皮を買った場所を同じにしてしまうと、実際よりも確かな目撃事件に見えてしまいます。
普通の犬と何が違って見えたのか
クラマーが引用する記載では、鼻先から肛門まで約142センチ、尾は約50センチ。
背は黒褐色で、たてがみ状の毛は約20センチに達するとされました。
厚い毛をまとった大きな犬のような姿が、ここから浮かび上がります。
ただし、これは毛皮をもとにした寸法と外見の記述であり、生体の体高や歩き方を測定した記録ではありません。
長い脚を持つタテガミオオカミとの比較も、この謎を育てました。
とはいえ、想像図に描かれる生きた姿を、そのまま目撃者の証言だと思わないようにしたいところです。
André Kramer:アンデスオオカミの毛皮・文献の整理
生きた姿の目撃写真はある?残された写真と新種説の行方

カラー写真に写っているのは毛皮
動物学者カール・シューカーは、自身の1996年の雑誌記事をウェブで再録しています。
そこには、人が大きな毛皮を持つカラー写真が載っています。
実物の写真が見られるUMAですが、野山を歩く生きた個体の写真ではありません。
再録ページは、毛皮の写真と生体の復元図を見比べられる資料です。
写真の転載許可は確認できていないため、ここでは原掲載を案内します。
本記事の挿絵とは区別して、標本が実際にどのように写っているかを確かめてみてください。
ShukerNature:1996年の記事と毛皮のカラー写真
学名らしい名前があっても、新種の確定とは限らない
アンデスオオカミには、ダシキオン・ハーゲンベッキという学名形式の名前が使われてきました。
しかし、名前を提案することと、その分類が受け入れられることは別です。
バックネル大学が公開する『Mammal Species of the World』の分類情報では、DasycyonはCanis属の異名の一覧に置かれています。
独立した未知の属として、そのまま扱われているわけではありません。
これは分類上の位置づけを読む手掛かりです。
ただし、この一覧だけで問題の毛皮がどの犬種だったかまで分かるわけではありません。
Mammal Species of the World:Canis属と異名一覧
正体は飼い犬なのか?毛の比較とDNA検査から分かること

毛を調べても、一つの答えにはならなかった
クラマーの整理では、1954年に毛の比較が行われ、犬や南米のイヌ科動物との違いが検討されています。
犬に近い点があっても、比較だけで疑問がすべて解消したわけではないという経緯でした。
ここが、この話を単純な「新種発見」にも「一瞬で解決した勘違い」にもしにくい部分です。
毛皮の形や毛質から候補を絞れても、産地や採集経緯まで後から確定できるとは限りません。
DNAが混ざっていたことは、未知の獣の証拠ではない
シューカーの2018年の解説によると、2000年には毛皮からDNAを調べる試みがありました。
しかし、試料には犬・オオカミ・人・豚のDNAの混入が報告され、毛皮は薬品処理も受けていたとされています。
これは「複数の動物が合体した生物だった」という結果ではありません。
本来の持ち主を調べたいのに、他の由来のDNAも混ざり、解釈しにくくなっていたという話です。
シューカーは、未知の属・種よりも飼い犬由来の可能性を高く見ています。
一方、今回確認した資料からは、毛皮の犬種や交雑の組み合わせを確定することはできません。
結論:毛皮は残るが、新種の証明は残っていない
アンデスオオカミの魅力は、謎の中心に実物があることです。
ただし、毛皮とその写真の存在は確認できても、アンデスに未知の大型イヌ科がいるという結論までは支えません。
現段階で読むべき筋道は、既知の犬の可能性を検討しながら、由来の不確かさと鑑定の限界を残すことです。
「証拠があるのになぜ決まらないのか」という問いこそ、この毛皮が今も気になる理由ではないでしょうか。


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