鎧のように硬い背中に、長い尾。
武器が通じない水の怪物を、少女が眠らせ、牛たちが鎖で引きずり出す。
ウェールズのアヴァンクには、そんな力ずくの退治とは少し違う物語が残っています。
英語ではAfancやAddancと書かれ、アファンクと表記されることもある存在です。
湖の怪物として紹介される一方、ビーバーとのつながりも語られます。
小さな水辺の動物と、山を越えて運ばれるほどの怪物が、どうして同じ名前で結び付くのでしょうか。
アヴァンクを「目撃されたビーバーの正体が判明した事件」と考えるのは正確ではありません。
確認できる中心資料は水辺の伝承や文学作品で、物語によって姿や退治の方法が異なります。
まずは怪物の話を楽しみながら、どの版に何が書かれているのかを追ってみましょう。
アヴァンクとは?同じ名前なのに姿が決まらない水怪

ウェールズ国立図書館が公開する『A Welsh Classical Dictionary』は、AfancとAddancを同じ項目で扱い、湖や流れにすむ伝説上の怪物と説明しています。
一方で、『ペレドゥル』に登場するものは洞窟にすみ、武器で襲う存在です。
単一の動物図鑑の項目というより、複数の物語を横断する名前だと考えると、姿の違いが理解しやすくなります。
1921年の再話では、ひげと緑の目を持つ怪物に
詳しい姿を楽しめるのが、ウィリアム・エリオット・グリフィスの1921年刊『Welsh Fairy Tales』です。
第2話の題名は「The Mighty Monster Afang」。
この本ではAfangという綴りが使われています。
怪物の背は鉄の鎧のように頑丈で、とげのような突起が並びます。
長い尾、大きな耳、緑の目、猿を思わせる顔に灰色の長いひげ。
投げた武器が跳ね返されるほどの体を持ち、食べ物が歯に詰まると、木を削って歯を掃除するという奇妙な癖まで描かれています。
さらに、この版の怪物は、人や家畜を襲うだけでなく、川岸や堤を壊して畑を水浸しにします。
収穫を目前にした土地が荒らされるため、人々は退治を決意することになります。
ここには、水辺の怪物らしい怖さがあります。
陸で出会う猛獣とは違い、川の流れを変え、生活の場まで壊してしまうのです。
ただし、これはグリフィスが語り直した民話の描写であって、1921年に採集された動物の観察記録ではありません。
物語を読む:Griffis『Welsh Fairy Tales』第2話
少女が眠らせ、牛が引く――アヴァンク捕獲伝説の意外な展開

グリフィスの再話では、力の強い男たちが挑んでも、怪物の皮を破れません。
そこで少女と、その恋人ガデルンが作戦を立てます。
少女が怪物を眠らせ、その間に鎖を掛け、牛たちの力で引き出すというものです。
鎖に草を巻いたのは、怪物を起こさないため
少女は怪物の背やひげに触れ、子守歌で眠りへ誘います。
男たちは茂みから忍び寄りますが、ここでいきなり鎖を鳴らしては台無しです。
そこで、鎖の輪に草や葉を巻き、金属の音がしないようにして運びます。
この細部が、怪物退治をぐっと身近な作戦にしています。
強い剣ではなく、音を立てない工夫が成否を分ける。
読んでいる側も、眠った怪物がいつ起きるのか気になってきます。
この版では40組の牛がつながれ、一斉に引き始めます。
驚いて目覚めた怪物は爪を地面に食い込ませ、隠れ家や湖へ逃げようとしますが、牛たちは引き続けます。
やがて怪物は山を越えて運ばれ、別の水辺に落とされることになります。
地名まで怪物退治の一部になっていく
物語の途中では、力みすぎた牛の目が落ち、その場所が「牛の目の池」と呼ばれるようになったと語られます。
怪物を運んだ道にも牛にちなむ名が残るとされ、退治の話が風景を説明する話へ変わっていきます。
もちろん、この筋書きから牛の頭数や運搬経路を歴史的事実として復元できるわけではありません。
それでも、池や峠を見たときに、そこを怪物が通ったのだと想像させる仕掛けは鮮やかです。
ただ水底に潜んでいるだけでなく、陸の地形にも痕跡を残す――アヴァンクの物語が広がる理由の一つでしょう。
別の版には双子の牛が登場する
『A Welsh Classical Dictionary』に整理されたコンウィ川の話でも、少女と鎖と牛が登場します。
ただし、こちらで怪物を引くのは双子の牛です。
40組の牛という再話の数字と混ぜて、一つの「捕獲事件」に組み立てることはできません。
同じ怪物名が出てきても、異なる版の描写を足し合わせれば、どの資料にも載っていない物語になってしまいます。
アヴァンクの場合、違いを消すより、どこが変わったのかを比べる方が楽しめます。
参照:『A Welsh Classical Dictionary』AFANC or ADDANC、印刷ページ6〜7
正体はビーバーなのか?伝承の土地と実在の証拠を分ける

エリリ国立公園の公式解説では、ベトウス・ア・コイド近くのLlyn yr Afancを「Beaver Lake」と訳し、危険なビーバーに由来するという伝説を紹介しています。
アヴァンクとビーバーの結び付きは、現代のUMA紹介だけで突然生まれた連想ではなく、現地の地名説明にも現れます。
参照:エリリ国立公園「Lakes and Rivers」の地名解説
グリフィスの再話でも、怪物が木を切り倒す動作はビーバーになぞらえられています。
ただし、これは似た動作を使った物語の表現で、捕獲した動物を調べた結果ではありません。
水辺と木という身近な要素に、武器の通じない皮や洪水を起こす力が重なり、ビーバー一匹では説明できない姿になっています。
「すべて古代からの話」とも言い切れない
国立図書館の辞典は、イオロ・モルガヌグに関わる洪水と怪物の話を、ほかの伝承とは分けて「Iolo fiction」の小見出しで扱っています。
古そうな語り口だから古代の記録だ、と一括りにはできない例です。
一方、それを理由に、アヴァンクという名前の出るあらゆる物語を同じ人物の創作と決めつけるのも飛躍です。
目撃写真や捕獲された個体はある?
今回確認したのは、民話の本文、伝承を整理した辞典、国立公園による地名の説明です。
日時と目撃者を追える近代の捕獲記録や、正体を鑑定できる個体の写真は、これらの資料からは確認できませんでした。
物語には鎖も牛も怪物の行き先も登場しますが、それは写真付きの捕獲報告とは違います。
現地の池や記念物の写真が見つかった場合も、「伝承に結び付いた場所」と「怪物そのものを写した写真」を分ける必要があります。
当時の記録を読みたい方には、上の民話本文と辞典が、出どころをたどる入口になります。
結論:アヴァンクは、ビーバーとの結び付きも持つウェールズの水怪伝承であり、実在の動物として正体が特定されたUMAではありません。
少女に眠らされる怪物、双子の牛が引く怪物、40組の牛を必要とする怪物は、それぞれの語りの中で読むのが適切です。
水面下に何がいるのかという想像に加え、なぜその池や峠にこんな物語が残ったのかを考えられる。
アヴァンクには、怪物探しと土地の物語をたどる楽しさが重なっています。

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