犬のような顔に、とがった耳と長いひげ。
毛に覆われた体で船の周りを泳ぎ、時には海面から人のように上体を起こす。
それなのに、前脚も前びれも見えない――そんな奇妙な海の動物が、18世紀の航海記に登場します。
名前はステラーのシーエイプ。
英語で「海の猿」を意味する呼び名ですが、海を泳ぐサルが捕獲された話ではありません。
博物学者ゲオルク・ヴィルヘルム・ステラーが観察し、知っている動物にうまく当てはめられなかった存在です。
正体候補として具体的に検討されているのはキタオットセイです。
ただし、当時の個体を標本で調べ直せるわけではなく、目撃記述と動物の特徴を照合した推定です。
この違いを押さえて航海記を読むと、単に「未知の動物だった」「見間違いだった」と片付けるより、ずっと面白いものが見えてきます。
シーエイプとは?犬の顔と「見えない前脚」を持つ海の動物

物語の出どころは、ベーリングの探検航海に同行したステラーの日誌です。
本記事では、レオンハード・ステイネガーが翻訳・注釈を担当した1925年刊『Bering’s Voyages』第2巻の電子化本文を参照しています。
目撃の記述は8月10日の項、印刷版の64〜66ページ付近にまとまっています。
体長は「2ロシア・エル」ほど。
体は丸みを帯びて太く、尾へ向かって細くなり、背中は灰色、腹側は赤みを帯びた白に見えたと記されています。
毛の生えた体とひげだけなら、海で暮らす哺乳類を思い浮かべても不思議ではありません。
そこに、とがって立った耳、大きな目、上下で大きさが違うように見えた尾が加わります。
何よりステラーを驚かせたのは、前脚も、それに代わるひれも見えなかったことでした。
「前脚が見えなかった」と「前脚のない動物だった」は同じではありません。
この小さな言い換えが、シーエイプの姿を大きく変えてしまいます。
水中に隠れた部分まで確かめられたのか、という問題は、後半の正体説につながります。
なぜ「猿」と呼ばれたのか
ステラーは、古い博物学書に登場するゲスナーの「海の猿」に姿を重ね、身軽な動きにもその名が似合うと考えました。
したがって、猿という名前だけを根拠に、人間のような腕やサルの顔を付け加えると原記述から離れてしまいます。
一方、1925年版の注釈160では、ゲスナーの図と目撃動物が本当に対応するのかも検討されています。
目撃者が覚えていた古い図のイメージまで、後の研究者が確かめようとしたのです。
1741年の目撃を追う――船の下をくぐり、海藻で遊んだ2時間

舞台は北太平洋を航行中の船のそば。
航海記の1741年8月10日の項には、ステラーがこの動物を丸2時間観察したという説明があります。
日付は史料の表記に従っており、現代の暦へ換算した日付ではありません。
動物は船の周囲を泳ぎ、棒が届きそうなほど近づくこともあったといいます。
誰かが動くと少し離れ、体の3分の1ほどを水面から起こして、しばらくその姿勢を保つこともありました。
観察が始まって約30分後には、船底をくぐって反対側へ出る動きが始まります。
また潜って元の側へ戻り、その往復を30回ほど繰り返したというのです。
一瞬の黒い影というより、船のすぐそばを動き回る生き物として描かれています。
流れてきた海藻が、目撃談を忘れがたいものにした
やがて、片側がふくらみ、もう片側が細くなった海藻が流れてきます。
動物はそれに向かって泳ぎ、口にくわえて船の方へ戻ってきました。
その後の跳ねたり身を動かしたりする様子が、「海の猿」という印象を強めたことが日誌から読み取れます。
さらに、注釈159に示された写本側の記述には、ステラーが詳しく調べるため銃を撃ったという経緯があります。
最初の発砲では捕らえられず、再び近づいた動物も、2度目の発砲後に沖へ去ったとされています。
本文だけを読む場合と注釈まで読む場合で、動物が姿を消す場面の見え方も変わります。
「一度だけ現れた」という紹介は正確か
詳しい観察の中心がこの日の出来事であることは確かです。
しかし、参照した版には、その後も別の海域で数回見られたという短い一文があります。
日時や個体を追える詳しい説明ではないため目撃件数は確定できませんが、「記録には一度しか登場しない」と断定するのも慎重であるべきでしょう。
もちろん、1741年のこの場面を撮影した写真や動画はありません。
確認できる手掛かりは文章であり、現代の挿絵を当時の観察図として扱うことはできません。
姿を自分で確かめたい方は、まず上の航海記リンクから8月10日の記述を読むのが近道です。
正体はキタオットセイ?見えた特徴と見えなかった部分を分ける

調査者ジョー・ニッケルは2017年の検討で、犬に似た顔、外から見える耳、ひげ、毛のある体などを手掛かりに、キタオットセイを候補としました。
前びれは体や水中に隠れて見えず、尾と受け取られた部分も別の体の部位だった可能性を考えています。
この説の強みは、「謎の動物だから新種」と考える前に、見えていた特徴を一つずつ既知動物と照合するところにあります。
ただし、説明しやすい特徴が複数あることと、あの日の動物が特定されたことは別です。
記録された尾の形まで、写真や標本と突き合わせて確認できる状況ではありません。
博物学者が見たからこそ、簡単には終わらない
1925年版の注釈は、ステラーが海獣に詳しかった点を踏まえ、ラッコやアザラシなどの説明だけでは納得しにくい面があると論じています。
その一方で、見え方や記憶の影響も検討しており、観察者の専門性だけで新種を認定してはいません。
ここが、この目撃談の読みどころです。
経験豊かな観察者が長く見ていても、動いている動物の水面下までは自由に調べられません。
逆に、後世の読者が短い紹介だけを読んで「ただの見間違い」と決めることにも、資料上の飛躍があります。
結論:ステラーのシーエイプは、1741年の具体的な観察記録に由来するUMAで、キタオットセイ説が提案されていますが、正体の確定には至っていません。
新種の存在が確認されたわけではなく、当時の個体を標本で調べ直せる状況でもありません。
海藻をくわえて船のそばへ戻ってきたのは、見慣れた海獣の意外な姿だったのか。
その問いを考えるための材料は、怪物の名前よりも、航海記の細かな動きと「見えなかった」という言葉に残されています。


コメント