短い脚、茶色の毛、体からなだらかに続く太い尾。
川岸へ上がったかと思えば、また水へ滑り込んでいく。
ニュージーランド南島には、そんなカワウソに似た動物の報告が残っています。
呼び名はワイトレケ。
巨大な湖の怪物ではなく、川辺で出会っても不思議ではなさそうな、小さな毛のある動物です。
ところが、現地にいた未知のカワウソとして、その正体が確かめられたわけではありません。
結論を先に言うと、ワイトレケを固有の未知動物だと確認できる標本は、今回確認した資料にはありません。
カワウソに似た既知動物や水鳥の誤認などが説明候補ですが、報告ごとの状況は異なります。
何が目撃され、何が後から結び付けられたのかを分けると、このUMAの謎はずっと具体的になります。
ワイトレケとは?水辺の小動物が博物学の謎になった理由

英語の資料ではWaitorekeのほか、South Island otter、つまり「南島のカワウソ」という呼び方が使われます。
ただし、名前にカワウソとあることは、動物学的にカワウソと同定されたことを意味しません。
G・A・ポロックの1970年の論考には、1848年にタラワタがウォルター・マンテルへ伝えた姿が紹介されています。
鼻先から尾の付け根まで約2フィート(約61センチ)、灰色がかった茶色の毛、短く太い脚、犬と猫の中間のような頭。
穴に住み、水辺のものは魚を食べるという説明です。
ここで面白いのは、恐ろしい巨獣というより、暮らし方まで語られる動物だったことです。
一方、この話はマンテルが捕獲個体を測定した記録ではなく、聞き取りを経て残された説明です。
寸法や食べ物の細かさと、現物があるかどうかは分けて読む必要があります。
参照:Pollock(1970)「The South Island Otter — A Reassessment」
「カワウソか、アザラシか」という迷いは昔からあった
IUCNカワウソ専門家グループの会報に掲載されたジム・コンロイの2006年の小論は、1848年の辞書でさえワイトレケをカワウソとしながら、アザラシかもしれないという留保を付けていたことを紹介しています。
最初から輪郭の決まった一種類の怪物だったというより、既知の名前で説明しにくい動物の話が集まってきた、と読む余地があります。
クックの航海記から川岸の目撃へ――何を見たというのか

航海記に残る「猫ほどの四足動物」
クックの『A Voyage Towards the South Pole and Round the World』第1巻には、ダスキー湾での滞在中、隊員たちが奇妙な四足動物を見たという記述があります。
場所はピカーズギル港付近。
テントを設けるため森を切り開いていた頃、3〜4人がその動物を見たと報告しています。
一致した特徴は、猫くらいの大きさ、短い脚、ネズミのような色でした。
よく見たという船員の一人は、ふさふさした尾があり、自分が知る動物ではジャッカルに最も似ていたと述べています。
ただし、クックは各人の説明が一致しないことも書き残しました。
未知の種類かもしれないとは考えていますが、自分で捕獲して確認したとは書いていません。
「クックがワイトレケを発見した」と言い換えると、隊員からの報告だったことも、姿の不一致も消えてしまいます。
このくだりを読むと、猫ほどの動物なら必ず見分けられる、とは言い切れないことが分かります。
同時に、航海記のこの動物と後年の川辺の動物が、同じ種類だったと確定しているわけでもありません。
「ニュージーランドの正体不明の四足動物」という接点と、「同じUMAの目撃」という判断の間には、まだ距離があります。
原典を読む:クック航海記、第1巻のダスキー湾の動物を述べる箇所
1861年、ハーストが残したのは動物ではなく足跡の報告
コンロイの小論は、ハーストが1861年に送った手紙も取り上げています。
そこで述べられるのは、ヨーロッパのカワウソに似ているが、やや小さい足跡を何度も見たという報告です。
ここにも、動物そのものの観察とは違う種類の手掛かりがあります。
足跡の報告を、毛色や泳ぎ方まで見た目撃談と一続きにすると、実際以上に詳しい観察記録に見えてしまいます。
ワイトレケを追う面白さは、こうした別々の手掛かりが、本当に同じ生き物へつながるのかを考えるところにもあります。
1971年、約15分続いた「滑り台」のような動き
ポロックの1974年の続報には、P・J・A・ブラッドリーによる1971年初めの報告が収録されています。
場所はパイク川との合流点より下流のホリフォード川付近です。
彼は鹿猟の帰り、迎えのボートを待とうとして、水のはねる音に気付きました。
見えた動物は岸へ上がり、滑るように水へ戻る動きを4〜5回繰り返したといいます。
観察は約15分。
短く太い脚、濃い茶色の毛、小さな頭、先へ向かって細くなる太い尾を持ち、全長は約91〜107センチと見積もられています。
この報告で気になるのは、姿だけでなく、同じ動作を何度も見たという点です。
水しぶきの正体を追った先に、岸と水面を行き来する生き物がいた。
ポロックが重く受け止めたのも、こうした観察の長さや行動の具体性でした。
もっとも、その評価は個体を捕獲して調べた結果ではありません。
参照:Pollock(1974)「The South Island Otter — An Addendum」57ページ
正体はカワウソ?誤認説と「写真・標本」の現在地

カワウソ説の入口は分かりやすいものです。
茶色の毛、短い脚、太い尾、水辺を行き来する動きは、目撃者にカワウソを連想させます。
ただ、それだけでニュージーランド固有のカワウソがいたという結論には届きません。
国立博物館テ・パパの解説は、19世紀後半の報告と、フクロネコ類が放された地域や時期の対応を指摘しています。
この説明は、少なくとも一部の毛のある動物の報告について、持ち込まれた動物という視点を与えます。
一方、この指摘だけで、時代も場所も異なるすべての報告が一括で解決するわけではありません。
参照:ニュージーランド国立博物館テ・パパの移入動物に関する解説
水鳥説が説明するもの、説明しきれないもの
ニュージーランドの百科事典Te Araでは、水中で魚を追うウ類の誤認という説明も挙げられています。
水面だけを短く見た報告なら、動物の輪郭が読み違えられる可能性を考えられます。
ただし、その一般的な候補を、岸に上がった脚や尾まで見たという報告へそのまま当てはめるには、もう一段の検討が必要です。
当時の新聞はどこで読める?
Te Araには、1902年5月2日付『Otago Daily Times』5ページの関連新聞資料を案内するページがあります。
古い新聞報道をたどりたい人には、具体的な手掛かりになります。
ただし、そこに新聞資料があることは、ワイトレケを撮影した写真が残っているという意味ではありません。
今回確認した資料からは、正体を確定できる目撃写真や動画を紹介できませんでした。
新聞画像には利用条件の注意書きもあるため、ここでは転載せず掲載先を案内します。
新聞資料の案内を見る:Te Ara「Mythical otter」
コンロイの2006年の小論も、存在の有無を決着させる研究ではなく、議論のために既存情報を整理したものだと明記しています。
専門家の会報に登場することと、新種として認められたことを混同しないのが大切です。
参照:Conroy(2006)「The Otter In New Zealand — Did Such An Animal Exist?」
結論:ワイトレケは、南島の水辺の動物報告をめぐる未解決の呼び名であり、未知のカワウソの実在が確認されたわけではありません。
移入動物や水鳥の誤認は検討すべき候補ですが、個々の報告の正体をすべて特定できたとも言えません。
川岸を滑ったという動物は、本当にカワウソだったのか。
この問いに近づくには、怪物らしい姿を付け足すより、目撃者がどこまで見たのかをたどる方が面白いのです。


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