ずんぐりした体に長い毛、時には後ろ脚で立ち上がる。
ケニアのナンディの森にすむというナンディ・ベアは、クマのようでクマと決めきれない獣として語られてきました。
夜に人を襲うという恐ろしい話の一方で、初期の観察記録を並べると、姿にかなり違いがあることに気づきます。
ナンディ・ベアは未発見のクマと確定した動物ではなく、異なる動物の目撃とケモシットの伝承が結びついた可能性が、早くから指摘されています。
ナンディ・ベアとケモシット——同じ名前の中に違う姿

ケモシットという名は、ナンディ・ベアと関連づけられる一方で、民俗資料では怪異としても記録されています。
初期文献を整理したTwice Toldの調査は、1909年のホリスの著書に、一脚の怪物としての説明があることを指摘しています。
それに対して、1914年の自然史雑誌では、大きく凶暴で夜に活動し、時に後ろ脚で立つ動物として語られています。
一脚の怪物と四足の獣を、説明なしに同じ体の特徴として合成するのは無理があります。
人形をおとりにしたという退治話
パーシヴァルの1914年論考の翻刻には、小屋の入り口に人形を置き、襲いかかったものを矢で殺したという伝聞が載っています。
これは標本の解剖報告ではなく、著者が聞いた話です。
それでも、ただ怖い名前があるだけではなく、家の周囲に来る夜の脅威として語られていたことが分かります。
霧の中の獣——ウィリアムズが書いた遭遇

1912年7月の自然史雑誌には、ジェフリー・ウィリアムズの目撃報告が掲載されました。
上記の文献調査によると、霧が晴れたとき、後ろ脚で座る大きな動物を約30ヤード先に見たとされています。
前半身は毛深く、頭は長く尖っていたという説明で、動物はその場を離れました。
ここで大切なのは、1912年が掲載年であって、目撃年をそのまま指すわけではないことです。
報告は数年前の出来事として書かれており、特定の年を断定する根拠は薄くなります。
近い距離の話でも、姿は一致しない
1913年のホブリーの論考に紹介されたコーベットの話では、川で水を飲んでいた赤褐色の動物に近づいたとされています。
白い筋があり、ハイエナより大きいという説明です。
同時代には鉄道沿いの毛深い獣の話もありますが、すべてが一個体や一種類を示すとは限りません。
初期の著者たち自身が、別の場所の報告を分ける必要を認めていました。
正体説の本命は「一種類ではない」?

パーシヴァルは、似た説明を詳しく聞き直した結果、ラーテルのことだった例を挙げています。
最初の説明に出なかった背と腹の色の違いが、識別の手掛かりになったという話です。
そのうえで、複数の既知動物が一つの名で語られている可能性を考えました。
この見方は、報告ごとに毛色や姿勢が違う点を説明しやすいものです。
ただし、彼がすべての目撃個体を捕獲して確認したわけではありません。
足跡の図は残るが、クマの写真ではない
初期論考には足跡の図があり、文献調査のページから原掲載先もたどれます。
今回、原ページ画像の直接取得には制限があったため、寸法を独自に測定したり、図から種を判定したりはしていません。
足跡の図が存在することと、未知のクマの足跡であることは別です。
結論:未知のクマより、報告ごとの正体を考えるべきUMA
ナンディ・ベアを一種類の動物として特定できる証拠は、今回の資料では確認できませんでした。
一方、異なる姿の報告と怪異譚が重なった可能性は、20世紀初めの記述にもあります。
何でも「巨大なクマ」でまとめず、霧の中の獣、川辺の獣、夜の退治話を分けると、謎の本当の形が見えやすくなります。


コメント