犬ほどの大きさなのに、脚はもっと短い。
尾が長く、追われると木へ登り、近づく人にはうなり声を上げて歯を向ける。
オーストラリア北東部の森では、そんな肉食獣の話が探検者の関心を引きました。
クイーンズランド・タイガーを調べると登場するのが、「ヤーリ」という名前です。
名前にタイガーが付いていても、アジアのトラがそのままオーストラリアにいたという話ではありません。
土地の人々が語る動物を、未知の有袋類ではないかと探した歴史があります。
持ち込まれたヤーリの一個体は既知のフクロネコと確認されましたが、それだけで大型獣の話全体が解決したわけではありません。
一方、大型の別種が見つかったという結末でもありません。
原典を読むと、一つの名前が既知の小さな獣と、まだ得られない大きな獣の両方を指していたことが、この謎の重要な部分だと分かります。
クイーンズランド・タイガーとは?木登りする「ヤーリ」の出どころ

ルムホルツが聞いたのは、ディンゴほどの肉食獣
今回中心に読んだのは、カール・ルムホルツの『Among Cannibals』です。
1889年刊行の旅行記には、クイーンズランドで動物を探した経験と、現地の人々から聞いた話が記されています。
その第8章に、ヤーリについての説明が登場します。
彼が聞いた特徴は、ディンゴほどの体、より短い脚、長い尾、そして強い気性でした。
追い掛けられると木に登り、人が近づくと威嚇して手にかみつこうとすると、身振りも交えて説明されたといいます。
岩の隠れ場所を好み、小型の茶色いワラビーを食べるとも伝えられました。
ルムホルツは、この説明から未知の「有袋類のトラ」を想像します。
しかし、この段階で本人がその獣を見たわけではありません。
現地で聞いた説明と、そこから探検者が考えた動物像が重なっているのです。
別の未知動物と一緒に探されていた
同じ箇所では、木の上で葉を食べる別の動物についても語られます。
長い尾を持ち、高い木に登るカンガルーのような動物で、現地名はブーンガリー。
ルムホルツは、それをキノボリカンガルーだろうと考えました。
こうした記述を読むと、ヤーリ探しが単に怪物を追う遊びではなかったことが分かります。
現地の知識を手掛かりに、まだ自分が見ていない動物を探す活動の中に置かれていたのです。
ただし、別の動物の探索が成果につながることと、ヤーリも未知の種だということは同じではありません。
原典:Lumholtz『Among Cannibals』(1889年)、第8・9・13・14・21章
ヤーリは捕まったのか?山での捜索と、フクロネコだった一個体

岩の隙間を探して山頂へ――それでも姿はなかった
第9章では、ルムホルツがモルボラという同行者と山を登った場面が描かれています。
ヤーリは昼間、石の多い場所で眠るとされ、同行者は道中の岩の穴を丹念に調べました。
さらに登ればいるはずだと励まされ、苦労して山頂へ着いたものの、結局は見つかりません。
ここで返ってきた言葉が、「ヤーリはいない」という意味のマヤ・ヤーリでした。
本は、この同行者がその地域に詳しくなかったと説明しています。
こうした失敗が記されていることも、原典の面白さです。
後世の怪物図鑑では数行になる探索が、実際には道案内や土地勘に左右される、具体的な山歩きとして見えてきます。
尾を持って運ばれてきた「若いヤーリ」
第13章では、ついに一個体が持ち込まれます。
本によると、若者が死んだヤーリを拾うと大水が来るという考えがあったため、年長のジミーが尾を持って運びました。
これはルムホルツが記録したその場の説明であり、オーストラリア全土の共通した言い伝えとして扱うべきではありません。
彼は相手の説明を確かめようと、わざとヤーリではないと言います。
運んできた人々はヤーリだと主張し、ただし若い個体だと説明しました。
鼻先から尾の先までの皮は3フィートに届かないほどで、黄灰色の地に白っぽい丸い斑点があったと記されています。
ルムホルツが付した学名は、Dasyurus maculatus。
現在も知られるオオフクロネコです。
彼は、ヤーリという呼び名がフクロネコの仲間に広く使われると理解しました。
「大きなヤーリは食べてしまった」という報告も残る
第14章には、犬が大きなヤーリを木へ追い上げ、人々が仕留めたという話が出てきます。
ルムホルツがその動物を求めると、すでに食べてしまったと答えられました。
この件では、彼は実物を確認できていません。
後の章では、小動物の死体が水辺の石の間で見つかり、大きなヤーリが後で食べるために置いたのだという説明を受けます。
彼はそこに未知の肉食獣への期待を抱きましたが、獲物を置く瞬間や、食べに戻ったヤーリを見たという記録ではありません。
「大きなヤーリが捕まったと聞いた」と「探検者が大型の未知動物を確認した」は、別の話です。
原典は、この食い違いを残したまま進んでいきます。
正体はフクロネコ?タスマニアタイガーやフクロライオンとはどう違う?

名前だけで動物を一種類に決められない
まず確かめられた個体については、ルムホルツはDasyurus maculatusと記しています。
タスマニア州の公的な動物解説でも、この種は以前「tiger cat」と呼ばれ、体と尾に白い斑点を持つ動物として紹介されています。
比較する:タスマニア州Parks & Wildlife Serviceのフクロネコ解説
ここで、タイガーという語から縞模様を決めつけることはできません。
ヤーリ、タイガーキャット、クイーンズランド・タイガーという名前が出てきたら、どの土地の、どの個体についての記述なのかを確かめる必要があります。
少なくとも持ち込まれた一個体は白い斑点であり、縞のある怪獣の標本ではありませんでした。
タスマニアタイガーと同じ名前の動物ではない
タスマニアタイガーはフクロオオカミの別名です。
それに対し、この記事が扱うのは、クイーンズランドの森林で木に逃げると語られたヤーリと、その探索記録です。
「オーストラリア」「タイガー」という言葉が共通していても、一つの記事の目撃履歴へまとめると対象を見失います。
フクロライオンを想像したくなるが、化石は現代の目撃の証明にはならない
絶滅した大型有袋類の肉食獣が生き残っているのではないか。
そんな連想で名前が挙がるのが、フクロライオンのThylacoleoです。
オーストラリア博物館は、鋭い歯や大きな親指の爪を持つ化石の肉食獣として説明しています。
比較資料:オーストラリア博物館のThylacoleo carnifex解説
力強い肉食獣というイメージには重なる部分があります。
しかし、ルムホルツが得た小さなフクロネコの標本が、フクロライオンへ同定し直されたわけではありません。
化石で実在することと、19世紀の森に生きていたことの間には、なお別の証拠が必要です。
当時の絵で確認できるのは、どのヤーリか
1889年の本には「YARRI(Dasyurus maculatus)」と説明された絵が載っています。
これは原典の中で既知種に結び付けられたヤーリの図です。
大型の未知のクイーンズランド・タイガーを撮影した写真として扱うことはできません。
今回読んだ箇所には、その大型獣の姿を実写で裏付ける写真は見つかりませんでした。
原典の図と本文を一緒に見ると、「名前は確認できるが、その名前で語られたすべての獣が同じだったとは限らない」という問題がよく分かります。
結論:一個体はオオフクロネコ、大型のヤーリは未確認のまま
クイーンズランド・タイガーの話には、既知のフクロネコに行き着いた部分と、実物を確認できなかった大型獣の部分が混在しています。
前者だけで全証言を解決済みとはいえませんが、後者を根拠に未知の大型有袋類が確認されたともいえません。
同じ名で運ばれてきた小さな獣を見て、探検者はなお森の奥の大きな獣を信じた。
その期待は、確かな標本と、手の届かなかった話の間に残っています。
クイーンズランド・タイガーの謎を面白くするのは、まさにその境目なのです。


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