サハラの岩山に、黄褐色の大きな犬のような獣がいる。
人を恐れず、オオカミともジャッカルとも違うとも語られた動物。
アジュール(アジョーレ)は、そんな北アフリカの「謎のオオカミ」と結び付けて紹介されるUMAです。
ところが原典をたどると、意外な展開が待っています。
正体候補のリカオンには、砂漠で採集された標本を記した論文があるのです。
それでも話がすべて片付かないのは、動物の姿だけでなく、名前にも行き違いがあるからです。
アジュールとは?1864年に記された砂漠の怪犬

古い記録が描いたのは黄褐色の大きな犬
アンリ・デュヴェリエの『Les Touareg du Nord』(1864年)には、アジュールに当たる名が登場します。
230ページの項目は「オオカミ」という見出しですが、本人はその動物を見ておらず、本当にオオカミかは断言しないと記しています。
伝えられた生息地は、タッシリの高地やアハガル山地。
姿は黄褐色の大きな犬に似るとされ、人を襲うほど獰猛だという話も載っています。
これは著者自身が襲撃を見た記録ではなく、土地の人々から聞いた説明です。
名も分からない獣が山に潜んでいるという怖さは、その伝聞の中にあります。
巨大な化け物というより、見分けのつかない獣
この箇所には、何メートルもの巨体や、何本もある脚といった特徴は記されていません。
古いアジュールの魅力は、現実にいそうな姿なのに、動物の名が定まらないところです。
砂漠と聞いて砂丘だけを思い浮かべると、岩山に暮らす獣の話が抜け落ちます。
どんな土地で、何に似ていると語られたのか。
その手掛かりから読み始めると、単なる怪犬の一覧より奥行きが出てきます。
モノーの1928年論文|砂漠のオオカミに標本が現れる

未知の犬を見たという話だけではなかった
テオドール・モノーの論文は、サハラにおけるリカオンの存在を扱っています。
掲載誌は『Bulletin de la Société zoologique de France』第53巻、262〜264ページです。
南部タネズルフトで、3頭の群れのうち雄2頭を捕獲したと記されています。
さらに、皮と頭骨が探検隊のコレクションに含まれるとして、342〜345という資料番号まで挙げています。
ここには、目撃談だけで終わらない具体的な採集記録があります。
モノーは、デュヴェリエが伝えた謎のオオカミを、リカオンと結び付けて説明しました。
解けたはずの謎に残った、名前の食い違い
一方、モノーが聞いたリカオンの現地名は「tirest」「tirsi」でした。
アジュールという呼び名は通じないことが多く、ある情報提供者は、それをネズミより大きくキツネより小さい肉食獣として説明したといいます。
「アジュールという名」と「リカオンという動物」を、どこでも一対一で結べるわけではなかったのです。
土地や話し手が違えば、同じように聞こえる名前が別の動物を指すこともあります。
標本で確かめる動物の問題と、聞き取った言葉の問題。
この二つが絡み合っているのが、アジュールの話のややこしく、面白いところです。
原論文は読めるが、怪犬の現場写真ではない
モノーの論文をフランス国立図書館Gallicaで読む(262〜264ページ)
今回確認した論文には、アジュールという未知の動物を写した現場写真はありません。
また、記載された標本が現在どの施設で展示されているかまでは、今回の資料では確認していません。
1992年の情報とリカオン説|今も砂漠にいるのか

モーリタニアの報告は「未確認」とされている
IUCNの1997年のリカオン保全計画には、1992年にモーリタニア沿岸で得られた未確認の目撃情報が載っています。
西サハラの猟師による、群れで狩る犬に似た動物の話も紹介されています。
ただし報告書は、どちらも本当にリカオンだったか明らかではないとしています。
西サハラの聞き取りでは、30年間見ていないという情報も付いています。
これを「1992年にアジュールが確認された」と言い切ると、資料が示した確かさを超えてしまいます。
1997年時点の情報であり、現在の生息を確認した報告でもありません。
リカオンは、実際にはどんな姿をしている?
リカオンはイヌ科の動物で、長い脚と大きく丸い耳を持ちます。
サンディエゴ動物園の解説では、黒・茶・白のまだら模様は個体ごとに異なるとされています。
ハイエナと混同されることもありますが、別の仲間です。
群れで協力して狩る、実在する野生の犬。
古い「砂漠のオオカミ」の話と比べるなら、その姿も見ておきたいところです。
結論:リカオンにつながる証拠はあるが、伝承全部の答えではない
アジュールに結び付くサハラの謎のオオカミには、リカオンという具体的な説明と採集記録があります。
「正体がまったく分からない怪物」としてだけ紹介するのは、原論文を読む限り不十分です。
ただ、古い伝聞の一つひとつや、異なる土地で使われた名前まで、同じ標本が説明してくれるわけではありません。
その名前で語られた獣は、本当にすべて同じ姿だったのか。
アジュールは、動物の発見と伝承の聞き取りが交わる場所に残った謎です。

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